人事異動で前任者が別の部署に移った、あるいは退職した。上長から担当顧客と進行中の案件を引き継ぐよう言われ、引き継ぎ書とSFAのデータを渡されます。案件ごとのフェーズ、見込み金額、最終接触日。一見そろっているように見えます。ところが一つの案件を開き、顧客が前回何と言ったのか、前任者が何を約束したのか、いまどこで止まっているのかを知ろうとすると、記録には何も書かれていません。
顧客を引き継いだときに最もよく起こる状況です。リストは受け取ったのに、経緯は受け取っていないのです。
引き継ぎで渡されるのは記録です。文脈は渡りません。そして、案件を実際に動かしていたのは文脈です。
この記事は、顧客を引き継ぐ営業担当者のために書いています。引き継ぎを指示する上長のための記事ではありません。最初の訪問の前に、残された記録から関係者、約束、記録されていない決定を取り戻すための手順を紹介します。最後に、次の引き継ぎで同じことを繰り返さないために、これから何を記録すべきかも整理します。
引き継ぎで残るもの、消えるもの
| たいてい残るもの | たいてい消えるもの |
|---|---|
| 顧客リストと連絡先 | 一人ひとりの実際の役割と影響力 |
| 案件のフェーズと見込み金額 | なぜそのフェーズで止まっているのか |
| 見積書と契約書 | 見積書以外に口頭で約束した条件 |
| 訪問や電話の日付 | そこで何が話され、何が決まったのか |
| メールのやり取り | 電話、チャット、個人の携帯でのやり取りで交わした約束 |
最後の行には特に注意が必要です。BtoBのやり取りの多くは、いまやメール以外の場所で行われています。チャットで仕様を確認し、個人の携帯に価格の相談が入り、夜に「では前回の話のとおりで」と一言届く。前任者が異動や退職でいなくなると、こうしたやり取りは、その人の携帯と一緒に消えてしまうことが少なくありません。そして案件が実際に動いていたのは、往々にしてそこなのです。
顧客に会う前の立て直しの手順
引き継いだ後で最も多い失敗は、急いで全顧客に挨拶回りをし、その場で話を聞きながら経緯をつなぎ合わせようとすることです。顧客は一から説明し直さなければならないと感じますし、前任者が約束したことを後任が知らないと気づかれてしまうこともあります。最初の訪問の前に、次の順番で取り戻せる文脈を取り戻しておくほうが、はるかにうまくいきます。
一、記録から関係者の地図を描き直す
フェーズはいったん脇に置き、「人」から見ていきます。案件に関わるすべての記録を広げましょう。メールの宛先とCC、会議の招待者、見積書の宛名、契約書の署名者。登場する名前をすべて書き出し、それぞれの役割を推測して書き込みます。窓口、利用者、承認者、予算の責任者などです。
このリストは必ず不完全です。それでも、二つのことがわかります。誰を把握しているのか、そしてどの重要な役割がまだ空白なのか。このリストを使える関係者の地図に仕上げる方法は、営業のステークホルダーマッピング:案件を本当に動かしているのは誰かで解説しています。
二、前任者がした約束を洗い出す
引き継ぎで最もリスクが高い部分です。前任者は値引き、納期、まだ渡していない資料、あるいは「更新時に条件を見直します」といった約束をしているかもしれません。それを知らないまま、最初の訪問で顧客から持ち出されると、板挟みになります。応じれば自分の権限を超えるかもしれない。断れば、会社として約束を守らないと受け取られます。
約束を探す場所は、見積書の備考、「別途お送りします」「検討させていただきます」といった表現を含むメール、契約書の別紙、そして何より、連絡がつくなら前任者本人です。前任者が異動しただけなら、1時間かけて案件ごとに「この顧客に何を約束したか」を確認することが、引き継ぎ全体の中で最も価値のある1時間になります。
三、決まっているのに記録されていない決定を見つける
顧客がすでに決めているのに、どの記録にも残っていないことがあります。どの構成を選んだのか、どの案を外したのか、社内でどのスケジュールに合意したのか。こうした決定は、たいてい前任者の記憶か、ある会議での口頭の合意の中にしか存在しません。
前任者本人以外にも、案件に関わった人に聞いてみましょう。プリセールスのエンジニア、技術サポート、カスタマーサクセス、上長。それぞれが一部を知っています。断片をつなぎ合わせれば、案件がいま本当にどこにあるのかを取り戻せることが多いものです。
四、それぞれの役割を、いまも同じ人が担っているか確かめ直す
前任者が担当していたあいだにも、顧客の側は変わり続けています。窓口が別の部署に移った、上長が退職した、予算の責任者が替わった。記録にある関係者の地図は、半年前の姿かもしれません。
顧客に会う前に、公開情報、共通の知人、短い確認のメールなどを使って、主要な役割がいまも同じ人かどうかをできるかぎり確かめましょう。特に長く止まっている案件では、主要な人物の交代こそが止まっている理由であることがよくあります。
五、最初の訪問の前に終える。訪問中ではなく
この四つは、すべて最初の訪問の前に終えておくべきです。理由は単純で、最初の訪問は信頼を築く機会だからです。「前回、前任の者と○○の条件についてお話しされていたこと、また○○の資料をお待ちいただいていることは承知しております」と言えれば、顧客は案件が途切れていないと感じます。「現状はどのようになっていますでしょうか」としか聞けなければ、顧客は一からやり直しだと感じ、案件はさらに遅れるかもしれません。
もちろん、顧客にしか確認できないこともあります。その場合も、ゼロから説明してもらうのではなく、自分がすでに把握している内容を持って確認しに行きましょう。「私の理解ではこうなっていますが、相違ございませんか」のほうが、「これまでどこまでお話が進んでいましたか」よりずっと良い印象を与えます。
前任者との同行挨拶を、確認の場として使う
日本では、異動の際に前任者と後任者がそろって顧客を訪問し、挨拶をすることがよくあります。この同行挨拶は、多くの場合、顔合わせで終わってしまいます。しかし上の手順を先に済ませておけば、同行挨拶はもっと役に立つ場になります。
事前に洗い出した約束や決定のうち、確信が持てないものを前任者と一緒に顧客に確認する。顧客の前で「この条件は引き続き有効です」と前任者から伝えてもらう。そうすれば、約束が後任に引き継がれたことを、顧客自身が確認できます。同行挨拶の前に立て直しを終えておくことが、その価値を大きく変えます。
手順に沿って、引き継いだ案件を立て直す
以下は仮想のシナリオです。 ある営業担当者が、前任者から進行中の案件を12件引き継ぎました。その一つが、ある飲食チェーンのPOSシステム更新の案件です。SFA上は「価格交渉中」で、最終接触は2か月前でした。
営業担当者はすぐに電話をかけず、まず手順に沿って整理しました。
| ステップ | わかったこと |
|---|---|
| 関係者の地図を描き直す | メールには情報システム部長、経理部長、営業本部長が登場するが、すべてのメールに入っているのは情報システム部長だけ |
| 約束を洗い出す | 前任者に確認して初めて、チャットで「2年目の保守費を2割引きにする」と約束していたことがわかった。見積書には書かれていない |
| 記録されていない決定を見つける | プリセールスのエンジニアによると、顧客は前回の会議で、まず関東の店舗から導入し、関西の店舗は来年に回すと決めていた |
| 役割を確かめ直す | 公開情報から、営業本部長が先月退任し、後任はまだこの案件に一度も関わっていないことがわかった |
整理を終えた後の最初の訪問は、まったく違うものになりました。保守費の割引を反映した見積もりと、関東の店舗に絞った導入計画を持って情報システム部長を訪ね、新しい営業本部長への紹介をお願いしたのです。顧客は一から説明し直す必要がなく、担当者が替わったことで案件が後戻りすることもありませんでした。
引き継いだ案件の中に、長く反応がないものがある場合は、顧客が急に沈黙したとき:動かない案件をどう読み解くかも参考にしてください。
次の引き継ぎで同じことを繰り返さないために、これから記録すること
あなたがいま直面している苦労は、いずれあなたの顧客を引き継ぐ人も経験します。記録の仕方を変えないかぎりは。たくさん書く必要はありません。大事なやり取りの後に、次の四つが必ず残るようにしましょう。
- **誰と話し、その人はどんな役割か。**名前だけでなく、この意思決定の中での立ち位置です。
- **何を話し、何が決まったか。**特に、顧客がすでに下した決定です。
- **誰が何を約束したか。**こちらが顧客に約束したことと、顧客がこちらに約束したことの両方です。
- **何がまだ解決していないか。**次に対応すべきことと、どこで止まっているかです。
何より大切なのは、これらを個人のチャットや記憶ではなく、会社のシステムに残すことです。やり取りを使える形で記録する方法はBtoB営業で顧客とのやり取りをすべて記録する方法で、前回のやり取りの上に次のフォローを積み上げる方法は営業のフォローアップ:案件を本当に前に進める連絡とはで解説しています。
引き継ぎの後に残るのは、やり取りの記録
人は異動し、携帯はその人と一緒に去り、記憶は薄れていきます。引き継ぎの後に残るのは、一人ひとりの関係者、一つひとつの会話、一つひとつの約束を体系的に記録したやり取りの記録です。
VINEQRA は、案件に関わるステークホルダー一人ひとりとのやり取りを記録する iOS アプリです。何を話し、何を約束し、何がまだ解決していないのか。案件の担当が替わるとき、後任が目にするのはフェーズや日付だけではなく、案件を実際に動かしていた文脈です。
よくある質問
前任者から顧客を引き継いだら、最初に何をすべきですか?
すぐに挨拶回りに出るのではなく、まず残された記録から関係者の地図を描き直しましょう。メール、会議の招待、見積書、契約書に登場するすべての人を書き出し、それぞれの役割を推測して書き込みます。
営業の引き継ぎで、最も抜け落ちやすいのは何ですか?
前任者が口頭でした約束と、顧客がすでに下したのに記録されていない決定です。こうした情報は前任者の記憶、個人のチャット、口頭の合意の中にしかないことが多く、見積書やSFAには残っていません。
前任者がすでに退職していて連絡がつかない場合は、どうすればいいですか?
案件に関わったほかの人から当たりましょう。プリセールスのエンジニア、技術サポート、カスタマーサクセス、上長などは、それぞれ一部を知っています。顧客にしか確認できない部分は、自分なりに整理した理解を持って確認しに行き、ゼロから説明を求めないことが大切です。
前任者との同行挨拶は、どう活かせばいいですか?
同行挨拶の前に、約束や決定の洗い出しを終えておきましょう。そのうえで、確信が持てない約束や決定を、前任者と一緒に顧客に確認する場として使います。前任者から顧客に「この条件は引き続き有効です」と伝えてもらえれば、約束が引き継がれたことを顧客自身が確認できます。
次の引き継ぎで同じ問題を起こさないためには、どうすればいいですか?
大事なやり取りの後に、四つのことを記録しましょう。誰と話し、その人はどんな役割か。何を話し、何が決まったか。誰が何を約束したか。何がまだ解決していないか。そして、それを個人の携帯や記憶ではなく、会社のシステムに残すことです。